現在のWebが登場する遥か以前、あらゆる情報を集積し、相互に関係させあう壮大なネットワークシステムの構想がありました。今回は、伝説の「ザナドゥ計画」とその夢を追い求めたテッド・ネルソンについてのお話です。

ザナドゥ計画とは

ザナドゥ計画(Project Xanadu) 」とは、アメリカの社会学者テッド・ネルソンが提唱した世界初の「ハイパーテキストシステム」です。電子化した文書をサーバーに保管し、それぞれの文書のあいだで自由にリンク・引用を可能にすることで、ユーザーがあらゆる情報の中から容易に的確な情報へとアクセスすることを目指すものです。もちろんテキストデータだけでなく、写真、音声、動画などあらゆるデータ形式に対応します。

このプロジェクトは、1960年から開発がはじまりましたが、資金不足や技術的な問題から、なかなか完成の目処は立ちませんでした。その一方、構想は遠大でサーバーとして衛星を打ち上げるというアイディアまで検討されていました。

けっきょく1998年にソースコードを公開。その後もバージョンは更新されてきたものの、いまだ実用段階にはいたっていません。ただ、2014年にはWebブラウザ上で動作するプロトタイプ「Open Xanadu」が発表されています。

考案者テッド・ネルソンという人

本名をテオドア・ホルム・ネルソンという彼は、ITの歴史では「予言者」とも評される伝説の人物です。1937年生まれの現在79歳。1960年代にハーバード大学大学院でコンピュータと社会学を学び、その着想を得てから現在にいたるまで人生のほとんどの時間を「ザナドゥ計画」の完成と普及に費やしています。

著書の記述によれば、幼い頃から「分類や階層に疑問を抱いていた」というネルソン。まったく新しい情報体系の構築に向かったのは必然だったのでしょう。また、自身が注意欠陥障害だったため、自分の精神活動のバラバラな軌跡を辿る必要に迫られたこともザナドゥの発想を得た一因だとも語っています。

そんなネルソンですが、90年代には北海道大学や慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の特任教授として来日している時期がありました。そのときの名残で、ザナドゥ計画を紹介するWebページがSFCのサーバーに残っています。

Webとの違い

「ザナドゥ計画」のハイパーテキストは現在普及しているWorld Wide Web(略してWWW、あるいはWeb)に先行するものであり、Webの考案者ティム・バーナーズ=リーにも多大な影響を与えました。

そもそも「ザナドゥ計画」のポテンシャルはWebより射程の広いものでした。特徴的なのは、版(バージョン)の概念双方向ハイパーリンク機能でしょう。これにより野放図に拡大するWebとは違い、ハイパーテキスト全体の中で各テキストの関係が明確に整理されます。

また、P2P方式をとるザナドゥにはWebのようにリンク切れ(404エラー)になることがなく、集中管理サーバーがあるため更新時の差分も含めてデータは永久に消えることはありません。さらに一方向リンクのWebでは著作権侵害の問題がしばしば発生しますが、双方向リンクを採用するザナドゥでは相互承認制であり、被リンク者に「印税」が自動で支払われる設計でした。

しかし裏をかえせば、そうした完成度の高さこそがWebに出遅れてしまった理由ともいえます。リンクを貼るたびにいちいち承認の必要なザナドゥは手間がかかりすぎでしょう。またマイクロペイメントによる印税の支払いは現代の技術でも難しいと思われます。

「ザナドゥ」の由来

ところで「ザナドゥ」という名前は、イギリスの詩人コールリッジの未完の詩「クーブラカーン」に由来します。かのフビライ・ハンを題材にしたこの詩でコールリッジは、モンゴル帝国の「上都=ザナドゥ」を桃源郷としており、ヨーロッパでは「ザナドゥ」はユートピアの代名詞となっているのです。

まさに「情報の理想郷」を打ち立てようとするネルソンにとって、ぴったりな名前だったといえます。

もっとも、ネルソンがこの言葉に直接触れるきっかけになったのは、彼が敬愛するオーソン・ウェルズの映画『市民ケーン』からだったようです。劇中で、主人公の新聞王がけっして完成することのない大邸宅の名前もまた「ザナドゥ」と呼ばれてます。

しかし、ネルソンは著作のなかでこのネーミングは失敗だったかもしれないと述べています。ギリシャ語を語源とするユートピアはそもそも「どこにもない場所」という意味ですし、先述の例のとおり、「ザナドゥ」という言葉には未完の呪いがかけられているのです。

ザナドゥ、未完のプロジェクト

最後に、1981年の著書『リテラシーマシン』から、ザナドゥ計画の協力者を募る一節を引用します。

「ザナドゥ・グループは、冒険と挑戦を恐れない聡明な人材を今も求めている。長時間労働と低い給与に耐え、食べるに事欠くこともあり、名声と富を手にする可能性の少ないことも承知していてほしい。知性の応用と拡張と普及を通じて、ほとんど確実に近づいている破滅から人類を救わなければならないのだ。人工の知性によってでなく、人類の知性で。人類のために」

ネルソンや彼の賛同者にとって、この熱意は今も変わっていないでしょう。ザナドゥへの夢は終わりません。